FTMが当事者が家族にカミングアウトした時の話

 
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こんにちは、FTMのけーとです。

現在の僕は、ホルモン療法に進んだだけでグンとパス度が上がり、改めてカミングアウトをする機会はほとんど無くなりました。

カミングアウトの中でも、家族へのカミングアウトが1番緊張と不安が入り混じっていた記憶があります。今日は当事のことを書いてみたいと思います。

家族へのカミングアウトは2回ありました。僕の家庭環境はちょっと変わっていて、祖父母の家で暮らしていました。すぐ近くに両親が住んでいたので、会えないことはありませんでした。タイミングはちょっと違いますが、祖父母と両親へのカミングアウトで2回です。

初めて祖父母にカミングアウトした時は、大変でした(笑)元々家族に打ち明けるつもりのなかった僕は、おばあちゃんのある一言で堰を切ったように打ち明けたんです。

高校生の僕はアルバイトや遊びに明け暮れて、22時過ぎに帰宅することが多く、その様子に怒ったおばあちゃんがこう言ったんです。

「夜遅くまでふらふらしてるんじゃない!何かあったらどうするの!女の子なのに!」

僕の耳がぴくってなるのがわかったし、一瞬ほんとうに時間が止まりました。

次の瞬間には大声で、

「俺は女じゃない!!一度もそう思ったことはない!!」と怒鳴っていました。

おばあちゃんの火に油、そこからは否定的な言葉をぶつけられていました。一緒にいたおじいちゃんは険しい表情で、ただそこに居ただけ。僕はそのまま自室へ逃げ込みました。最初からわかってもらえないことは、想像できていましたが、現実になるとやっぱり悲しいし、うまく話せなかった自分に対して腹が立って泣きました。1番守って欲しい人にわかってもらえないのが、1番こわくて、だからこそカミングアウトできずにいる方も多いと思います。

その日以降、僕も祖父母も、そのことに触れることはなく、何となく気まずいまま、僕は進学先のある土地に引っ越して、1人暮らしを始めました。

両親へのカミングアウトは、そこから2年くらい経った時。

カウンセリングを進めて、診断をくだす為の身体検査の時でした。その検査を1週間後に控えた時、健康な身体に生んでくれた両親に対して、急に隠し事はできない気がして手紙を書きました。

今まで抱えてきた想いと、これから起こるであろう自分の変化、どうしてこの手紙を書いたのか。

手紙をだした2日後に手紙を読んだ父が泣きながら電話をくれて、

「お前が好きなように生きればいいよ。何があっても俺たちはお前の味方だからな。」

と言ってくれました。

こういう励ましをもらえたのは、すごく嬉しかったし、その後の身体検査も怖がることなく受けることができました。

まだ家族に対してカミングアウトを踏み切れない方は、拒絶がこわいからだと思っています。時間はかかってもどんな方法でもいいので、ありのままの自分を受け止めてもらえるよう祈っています。

 

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